人工呼吸治療を希望しますか?
みなさん、こんにちは。
今日は人工呼吸の治療についてお話しします。
訪問診療を受けていらっしゃるご本人はこの記事を読んでいないと思いますが、もしあなたが高齢になった時、もしくはあなたのご両親について、何かあったとき、つまり医師が医学的に必要だと判断したとき、人工呼吸の治療を希望しますか?
若い人や、まだ現役で働いている人、退職したけれどもまだ元気で身の回りのことを自分でこなせる人の場合は、ある意味当然ですが、医師が医学的に必要だと判断したら人工呼吸治療を受けることがほとんどです。
なぜでしょう?
一言で言うと、「人工呼吸の治療を乗り越え、病状が回復して元通りになる可能性が十分にあるから」です。
では、80歳、90歳を超えてくるとどうでしょう?
一概に年齢だけでは言えませんが、一般に、高齢になればなるほど、「人工呼吸の治療を乗り越え、病状が回復して元通りになる可能性」は低くなります。
「人工呼吸の治療を乗り越え」られなかったらどうなるのか?を理解いただけるように、今回は人工呼吸の治療について解説します。
侵襲的人工呼吸
人工呼吸の適応
まず、どういった場合に医師は人工呼吸が必要だと判断するでしょうか?
人工的な呼吸ですから、「患者さんが自分自身の力で十分に呼吸ができない状態」に対して必要とされます。
つまり、呼吸のサポートが必要な場合です。
主には「肺が十分に機能していない状態」ですが、心臓も肺と密接に繋がっていますので、「心臓が十分に機能していない状態」も該当することがあります。
肺と口鼻とを繋ぐ、空気の通り道(上気道)に問題がある場合も人工呼吸の適応となることがありますが、本筋と外れるので今回は割愛します。
では、肺や心臓が十分に機能していない状態とは、具体的にどのような状態でしょうか?
一番わかりやすいのが、重度の肺炎でしょう。
少し前に流行ったコロナの肺炎なんかは典型例です。
肺に広く炎症が起きるため、その部分のガス交換(酸素を取り込んで二酸化炭素を吐き出す)能力が低下します。
そうすると呼吸が苦しく浅く早くなったり、酸素の数値が下がったり、二酸化炭素が溜まってしまったりします。
通常の酸素投与で落ち着けばいいですが、さらに状態悪化が進むと、意識の状態が悪くなり呼吸ができなくなり心停止に至ることがあるため、そうなる前に、人工呼吸を開始します。
肺炎のほかには、重度の喘息発作やCOPD(閉塞性肺疾患)増悪、間質性肺炎の増悪、重度の気胸などが人工呼吸の適応になります。
そのほかには、心筋梗塞などを原因とした心不全に伴う肺水腫でも人工呼吸が必要となることがあります。
人工呼吸の種類
人工呼吸は大きく、侵襲的人工呼吸と非侵襲的人工呼吸の2つに分けられます。
一般的に侵襲的人工呼吸とは、長さ20-30cm程度の太いチューブを口から肺の手前(気管)まで挿入しておき、口から出ているチューブの先端に人工呼吸器という機械を装着し、呼吸のサポートを行うことを言います。
対して非侵襲的人工呼吸とは、口からチューブは入れず、鼻(あるいは口鼻、もしくは顔面)を覆うマスクを装着し、そのマスクに人工呼吸の機械を装着し、呼吸のサポートを行うことを言います。
非侵襲的人工呼吸
侵襲的人工呼吸は、肺に直接空気や酸素を送り込むため、より重症の患者さんに適応となり、より確実な呼吸サポートができるのがメリットですが、口から太いチューブが入っているので発声ができず、チューブの違和感や苦痛を伴うので鎮静剤というお薬を使って眠ってもらう中で行うことが多いため意思疎通が図れないことも多いです。
非侵襲的人工呼吸は、より軽症の患者さんに用いられますが、侵襲的人工呼吸に比べると確実な呼吸サポートが得られにくいほか、マスク越しに高い圧の空気や酸素が送られてくるので長時間装着しているのは楽ではありません。
呼吸がひどく苦しくなければ、一時的にマスクを外せば会話が可能ですが、呼吸サポートが不十分であれば侵襲的人工呼吸に切り替えるほかありません。
人工呼吸器離脱へ
肺や呼吸の状態が改善したら、人工呼吸のサポートを弱め、呼吸サポートがなくても大丈夫そうか確認した後、大丈夫そうであれば人工呼吸器を外します。
つまり、口から入っていた太く長いチューブを抜き去ることになります。
挿管チューブ:smith medical
その後も呼吸に問題がなければ、退院に向けてリハビリ等をしていくことになりますが、前述の通り、高齢になればなるほど、そう順調にいかないことが多々あります。
口から入れたチューブを用いた侵襲的人工呼吸は一般的に2週間ほどしか行うことができません。
太いチューブによって口腔内に潰瘍ができたり、人工呼吸を行っていることによる肺炎のリスクが上がったり、鎮静剤を使う必要があるので起きてもらってリハビリができなかったりするのがその理由です。
2週間を超えてくるようだと、気管切開といって喉に穴を開ける手術を行い、そこに人工呼吸器を接続して人工呼吸を継続することになります。
そうすると口の中に太いチューブはなくなり、喉の違和感も減るので鎮静剤を減らしたり辞めたりすることができるようになります。
その後、時間をかけてリハビリをしながら、人工呼吸のサポートを減らしていき、人工呼吸器から離脱するのが理想のコースですが、同じく高齢になればなるほどその通りにならないことも多々あります。
人工呼吸の弊害
では、前述の「順調でないコース」とはどういう例があるでしょう?
- 肺の状態が改善せず、人工呼吸器を外すことができない(永遠に)
- 人工呼吸中に合併症をきたす
主にこの2つと、先に述べた気管切開に至るケースです。
1については、人工呼吸を開始したものの、残念ながら肺が良くならず、人工呼吸器を外せないケースです。
呼吸状態が悪化していきそのまま亡くなるケースや、なんとか横ばいなものの、人工呼吸器を外せるほどに肺の機能が改善せず、人工呼吸器をつけたまま療養病床などに転院となるケースなどがあります。
最近は自宅でも訪問診療により人工呼吸管理ができますが、よほど呼吸状態が落ち着いていないと難しいでしょう。
2の合併症については、様々なものがありますが、以下の3つについて解説します。
- 肺炎
- 肺障害
- 筋力低下(フレイル)
人工呼吸を行うこと自体が肺炎のリスクですので、もとあった肺炎とは別に、肺炎を発症することもあります。
人工呼吸は、外から肺へ圧をかけて換気をするので、その圧力によって肺が壊れていくことがあり、それを人工呼吸器関連肺障害といいます。
肺炎、肺障害を発症するとさらに人工呼吸が必要な日数が伸び、悪循環に陥ります。
また、先に述べたように、人工呼吸中は一般的に鎮静剤を使って眠ってもらうので、その間はほぼ寝たきりになります。
そうすると驚くほどに1日1日、筋肉量が落ちていきます。
若い人でもインフルエンザで数日寝ていただけでも、筋力低下を自覚するでしょう。
高齢者はもっとです。
80歳、90歳を超えた状態で人工呼吸治療を受け、何日も何週間も寝たきり状態となってしまっては、実際、元通り歩けるようになる人はほんの一握りしかいません。
同じく口から食事を摂らない状態が何日も何週間も続けば、飲み込む力も落ち、食べ物や飲み物でむせるようになります。
元の状態まで回復するには相当根気のいるリハビリが必要になります。
最後に
「人工呼吸の治療を乗り越え、病状が回復して元通りになる可能性が低い」からといって、高齢になったら人工呼吸の治療を受けるべきではない、ということにはなりません。
苦しかろうが辛かろうが、人工呼吸器が外せなくなろうが、できる治療を全て受け、1日でも1分でも永く生きるんだという考え方ももちろんあります。
それを否定することは当然、ありません。
ただ、人工呼吸を一度開始してしまうと、もはや後戻りができません。
やっぱりもうやめよう、というのは今の日本では簡単なことではありません。
人工呼吸の治療を受けることは、前述した「人工呼吸の弊害」を受け入れることに他なりません。
人工呼吸を開始する時には、差し迫った状況であることが多いため、残念ながら上記の内容を時間をかけてしっかり説明してくれる医者はほとんどいません。
後になって、こんなはずじゃなかった、聞いてない、と言っても、もう遅いんです。
あなたの身体、あなたのご家族の身体のことです。
いざという時にどうして欲しいか、この機会にぜひ一度考えてみたり話し合ってみたりしてはいかがでしょうか?
今回はだいぶシビアな話になってしまいましたが、今回のような「あまり他では聞けない医療の現実」について、またお話ししたいと思います。
それでは、また。
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